片付けられない、捨てられないあなたへ。捨てすぎ・片付けすぎが心を疲れさせます

   2016/12/06

片付けることに、疲れていませんか。
 
空
モノの少ない暮らしにあこがれて、持たない暮らしにあこがれて、モノの選別・要・不要をみきわめていく。
その作業に、ふと、疲れていたときがありました。

いった、どこまで捨てればいいのだろう、と。

ひとと比べない。そういう気持ちも持たない

片付けのうまいひとに憧れ、もたない暮らしを実践しようと、参考のためにいろんな書籍やブログを読みあさっていました。

気分がノってるときは、がんばろう!と思えるのですが、ノらないときは、そこに書いてある言葉が、じぶんのことを責めているように感じてしまう・・・

本の著者やブロガーさんは、責めるような気持ちで書いてはいないのです。
まったく責めていません。

モノとの向き合いかたをこんこんと書いているだけ。
書きたいこと、思うことを書いている。
ただ、それだけ。

だから、責められているように感じてしまうのは、ほとんどが、読み手側の、心の問題なんです。
そう、受け取ってしまっているだけ。

押し付けられていると感じたら・・・

以前、メインブログに、ちょっと辛口のコメントをいただいたことがあります。

わたしが書いた記事が、「押し付けてるように感じるから、書き直してほしい」とのことでした。

「押しつけられている。」

そう感じるのは、責められているように感じるのと同じで、押し付けられていると感じてしまう部分に、じぶんの心のシコリがあるということ。 

だから、「どうして、押し付けていると感じてしまうのか。」というところに焦点をあてて、心のありかたを考えてみるといいのでは?と、わたしは思います。

わたしが片付けブログを読んで、責められているように感じるのは、いま、じぶんがうまく片付けに取り組めていないからかもしれません。

だから、これもあれもいらない!捨てましょう!と書かれているのをみると、できないことを責められているように感じているのかも。

それを、責められているように感じます!と、ブログの管理人に主張しても、どうしようもないことです。
これは、わたし(あなた)の、心の問題。

それを相手にぶつけても何も解決しないし、書き直すかどうかは、わたしが自由に選択していい。

アドラー心理学でいう、課題の分離です。
 

 
そのもやもやとした気持ちの原因は、ブログ記事ではなくじぶんの中にあります。
そんなときは、

片付けや断捨離から離れてみる。
家計から離れてみる。

じぶんのもやもやとしている課題がどこにあるのか、もう1度考えてみてみると良いかもしれませんね。

本当にじぶんは片付けたいのか、あるいはそうじゃないのか・・・

案外、ブログに影響されてしまって、片付け過ぎている人もいるのかもしれません。

モノをどれくらい持つのかは、じぶんで決めていい。

人にはいらないものであっても、じぶんには必要だというものは、たくさんあるものですからね。




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