ミニマリストという生き方。ぼくたちに、もうモノは必要ないを読んで。

   2015/12/29

心がざわつくものにこそ、答えがあるのかもしれない。
 
k15080301
実家に帰るといつも思います。
モノは、スーツケースに入るくらいの洋服と、普段使う食器があればいいんだろうな、と。
 
自宅のモノから離れてみて感じる、モノを持たない時間のゆたかさ。
 
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この本を見つけたとき、心がざわざわと騒ぎはじめました。
なにがそうさせたのかよくわかりません。
 
本屋さんをうろついていて、心がざわめく本があったら、それはじぶんの心になにかが訴えかけられていると感じているので、ひとまず手にとっています。
 
そこで中身をみて、ああ、別に・・・と思えば、そっとしまいます。
でも、興味があると感じたら、すぐに買います。
 
この本は、冒頭にミニマリスト的生活を送っている方たちの部屋の写真が載っていました。
それに心をわしづかみにされてしまいました(笑)
 
わたしは、お金を貯めるために余計なものをそぎおとし、持ちすぎない暮らしを実践中です。
家計を片付けていたら、部屋も片付けたくなったので、じぶんにとって「いらない」と感じたものをどんどん手放してきました。
 
家計に必要ないと判断したものを見極めれば、必要なものがわかるからモノが増えないという図式が成立しました。
 
捨てたものもありますが、かなりのモノも寄付してきました。
オークションには出しませんし、人にあげたりもしません。
手間がかかるからです。
 
それよりも、ばっさり寄付したほうが気持ちいい。
 
この本は、捨てたその先を見つめている本です。
お金がかかるから持たないとか、お金を貯めたいからモノを買わないとか、片付けで人生が変わるとかではなく、
 
ほんとうに必要なモノしか持たない。
必要なモノだけで生きるために、削ぎ落とす。

 
モノとじぶんの人生の関わりをとことん見つめ続けてきた人たちが、ミニマリストになるのだろうな、と感じる本でした。
なるほど、じぶんの片付けのステージと、ミニマリストと呼ばれる人たちのステージは違っています。
 
持たない暮らしをしているミニマリストは、人生や暮らしを見つめている。
 
ほんとうにじぶんにとって必要なモノしか持たない。
お金とか見栄とか持っていないといけない不安感とか、そういうものを一切持っていない。
 
ミニマリストは、生き方そのものだったんですね。
 
ただただ片付けるためにモノを捨てる。
わたしのように、断捨離や片付けの「捨テリズム」に違和感を覚えたら、この本を読むといいかもしれません。
また違った視点から、片付けがはじまるような予感がします。
 

著者/編集:佐々木典士
 
じぶんにとって、理想的な暮らしを考える良いきっかけになる本です。
 
この本によると、日本人の根底はミニマリズムだったそうです。
高度成長期以前の話ですけども。
持たなかったのか、持てなかったのかは定かではありませんが、モノを持たなくても幸せに生きる方法はあるようです。
 
ただ、お葬式に関するくだりを読んで感じたことがあります。
本の内容とは全然関係ないかもしれませんが(苦笑)
 
人生の終わりを迎えるときに、「じぶんだったらモノをすべて整理しておきたい。」と書かれていました。
わたしも、じぶんがこの世を去るときには、そうしたいと考えています。
 
でも、お葬式や遺品整理は、遺されたものが気持ちを整理するために必要な儀式だと思うんです。
いやむしろ、お葬式は亡くなった人のためのものではなく、遺されたひとのためのセレモニーだとすら感じます。
 
とくに近い間柄の人だと、そう感じることが強くなります。
 
葬式の方法まで、事細かにじぶんで決める終活に、わたしは疑問を抱いています。
すべてを決めてこの世を去ってしまわれると、遺された人たちは、気持ちに整理をつける時間を失ってしまいます。
 
どこかで、遺族に気持ちを整理する時間を与えられるモノや儀式があれば、それはそれで救いになるのかもしれません。
 
わたしの父は、「出棺のときに流す音楽」だけを決めていました。
父の立場上、密葬ということができませんでしたので、それなりにやりました。
 
お弟子さんたちも、理事会の方達も、諸先輩方も、早すぎる父との別れの時間が取れてよかったのだろうなと、いまでも思っています。
 




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