モノと親とわたしの関係。モノ・人関係に親子が絡むと、モノがとても捨てづらくなるという話

 

母とモノを保有する価値観は合わないけれど、じぶんの始末はじぶんでつける。

捨てるもの
先日、母と片付けの話になりました。
わたしが、整理収納アドバイザー1級の試験を受けた話をしたのがきっかけです。

「あんたが帰ってくるまでにモノを隠しておかないと、全部捨てられる」

親子なので、この言葉を冗談として受け取ることができますが、整理収納アドバイザーは、決してモノを捨てるための資格ではなく・・・(笑)

でも、わたしは実家に帰るたびに、モノを捨てているので、そう言われても仕方ないのでしょう。

スポンサード リンク

いつかじぶんに跳ね返ってくるモノ

結婚と同時に、必要なモノだけを持って、家を出てきました。
だから、実家にはまだまだわたしが使っていたモノが置いてあります。

わたしは捨てたいんです。
だって、もう使わないですから。

でも、母は捨てられないんです。
わたしが持っていたモノに、わたしとの思い出が刻まれているから。

親子関係とモノの関係も、とても複雑に絡み合っていますよね。

できれば、親子といえどもモノを捨てることに関して、お互い口を挟まないほうがいいんです。

親が捨てるといえば捨てさせてあげればいい。
子どもが捨てるといえば、捨てさせてあげればいい。

わたしは、わたしの子どもたちが使っている洋服やおもちゃをどんどん手放しています。
壊れたり、汚れのひどいものは捨て、まだ使えるモノは寄付をしてきました。

その話をしたときに母が、

「持っていたら親子で使えるものもあるのに、もったいないね」

って言ってきたんです^^;
母が作ってくれたモノも、友人に譲ったりしたことを伝えたので、少し拗ねたのかもしれません。

でも、まぁ、母はそういう考えをするだろうなと感じました。

モノを収納するために、倉庫や屋根裏を作ってしまったくらいですから。

でも、わが家はマンションです。
モノを保管する収納には、限りがあります。
戸建てのように、増築もできません。

収納庫
入る分だけしか、持てないのです。

選ぶ権利があることを知る

たとえ子どもたちが親になり、孫に使わせられるようなモノがあったとしても、子どもには子どもの趣味があります。

わたしの趣味を押し付けるわけにはいかない。 
というより、そんなことをしたくないんです。

わたしは、選ぶ権利が欲しかった。
わたしが使うモノは、わたしが選びたかった。

だから、たとえいま、モノを捨てたり手放したりすることに対して、母がもったいないって言ってこようとも、わたしはモノを手放し続けるとおもいます。

だれにもらったモノであろうと、本当に必要な人のところにいって使ってもらえるほうが、わたしもうれしい。
タンスの肥やしにだけはしたくありません。

使い切る暮らしより、まずは手放す習慣を

母はモノが捨てられません。
捨てるときに、お金のことがチラつくといっていました。
だから、使いきれる方法を選ぶ、と。

使い切る生活は理想ですよね。
それができれば、モノは増えないのですから。

でも、いくら使い切りたくても、モノが入ってくるペースが、出て行くペースを上回っているのなら、モノは絶対に減りません。

モノが減らないということは、いつまでも収納グッズにお金を掛け続けるということです。

わたしもかなり後悔していますよ。
昨日も、カビがきて買取不可だったタンスを捨てました。
罪悪感があります。

大事に使ってあげられなかった罪悪感。
そして、もっと早く手放しておけばよかったという後悔。

・・・そして、そのタンスが、母が選んだタンスだということも、罪悪感をさらに大きくしています。

モノを買うときに、他人の意図を入れないほうがいい。
モノを捨てるときに、スッキリと手放せなくなるから。

わたしは、わたしの価値観でモノを選んで買っていきたい。
母の意図や、販売者側の意図を入れこまず、じぶんの意思で選びたい。

モノを片付けてきて、一層強く、そう思っています。


スポンサード リンク


★こちらの記事もどうぞ★

この記事が気に入ったら
「いいね!」してね

最新情報をお届けします

Feedlyに登録すると更新情報が届きます。
follow us in feedly
Instagram ← インスタ始めました。

シェアしてもらえるとうれしいです。